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2009年1月

首相への非難は筋違い?

むしろ政治を混迷させている原因は、与野党を含めた党利党略や、政治家の質の低下に問題があるのではないかと。

麻生首相の擁護ではないですが、総理大臣は旗印でしかなく、日本の政治をどうこうできる力は無いと思うのです。

その発言や行動によってたしかに支持率は変動しますが、政治は結果で判断しなければ。過程を重視するあまり目標に到達できないでは話になりません。

いいかえれば、公約を破ろうと発言を覆そうと失言を連発しようと、結果的に日本の政治がうまく機能し、景気や外交に良い結果がでればいいのです。

まぁ、そもそも、無用な混乱を招く発言や行動をする人物を旗印にする時点で、その組織はダメになってるようなものですが。

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週末はいつも~

体調を崩します。

ぐらぐらぐら、と。週末になるとなぜか風邪が悪化したり、どこか具合が悪くなったりで、あんまり活動できなくなってます。

まぁたいした事してませんが。

せいぜい、組みかけのプラモが無期延期になったり、やりかけのゲームが無期延期になったり、読みかけの本が無期延期になったり。

やたら無期延期になるゲーム会社のような。

持続力が低下してるのかも。

以前ほどのめりこむことが無くなってるのは、年をとったからでしょうか?。

淡白になりつつあるんでしょうね。

こうやって段々と執着が無くなっていき、人生を達観できるようになれば、日々の煩わしさに目くじらを立てなくて済むのでしょうか。

定年前に羽目をはずして、それまでの努力も苦労も投げ出してしまうような、そんな馬鹿な真似をする御仁がニュースに登場してますが。

同情も理解もしません。どんな背景があろうとやっちゃあいけないことを、責任ある大人がやってしまってはね。

魔が差したとか、つい、とか。言い訳にしてもひどすぎるですよ。

若年層にいたっては、まぁ、今更ですか。

あの辺はちゃんと家で躾けられてれば、それほどはっちゃけない筈ですがね。学校に丸投げした親もまぁ、自業自得。

私立に入れたとか、ちゃんと塾に送り迎えしてるとか、どうでもいいことに必死になって、肝心の『子供を育てる』ということを、自覚していない親が多いようです。

親は無くとも子は育つとはいいますがね。実際それは単に大きくなってるだけであって、人間としての成長は一人ではできません。

自己満足で終わるような親の押し付けは、逆に子の成長を妨げるわけですが、それに気が付かないでいると・・・。

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働き方の選択

派遣切りが問題視される遙か前、フリーターか正社員かという選択をしなければならなかった時、安定した収入を得る為中途で現在の勤め先に就職。

それから約17年。今思うと資格どころか学歴も無く、よく中途とはいえ採用された物だとつくづく思います。

若いうちはフリーターで済むかもしれなかったが、段々と年齢が上がるごとに勤め先が無くなっていく実感。特に転職を考えたここ数年、何歳までといった条件ですでに応募すら出来ない状況。

もちろん学歴もですが。

派遣社員やフリーターも確かに働き方の一つ、しかし労働力としては年々体力も低下し、より若い人材が求められる。そうなると経験や知識、資格といったものが重要視されると思いたいが、実際のところはどうだろう。

昨年、中途採用で会社に来た人の中で、かなり職を転々とし、履歴書にその経歴が書き連ねてあった人が不採用になった理由は、『こんなに職を転々とするには何か問題があるに違いない』とのことでした。

それもまた採用者の考え方の一つでしたが、個人的には固定化された職場に、違う意見や経験を持った人は必要だと思うのですよ。

固まってしまうと守りにはいるというか、現状維持すら止まっていてはできないはず。

積み上げたシステムが過剰になり、改革が必要になっていてもそこから出て考えることが出来ず、結果、システムそのものが稼働率を下げているのに気が付かないでいる。

というか、問題を直視しようとしない。

何度会議を繰り返しても、それはできない(やりたくない)、かえって悪化する(めんどくさい)、とまぁ、変えることに消極的な態度が出てくるのです。

堂々巡りに陥るわけですが、正直こんな状態の会社で正社員におさまっていても、やりがいが無いというか、この先どうなるんだかと、やるせない気持ちに。

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ようやくの時間

あああぁ~。まだ全快とまではいきませんが、ようやく風邪が一段落。

思い起こせば先週末、体調が悪いなぁ風邪かなぁと思いつつ、帰宅後倒れるように寝込むことに。

三連休を楽しみにしてたのもつかの間の夢、三日39度前後の熱が続き、気が付けばすでに火曜日。ようやく立てるようになってすぐ仕事仕事仕事・・・。

そんな仕事人間じゃなかったはずなのに、働かないと暮らしていけない大人の事情が憎い。

風邪で寝込んだ為、休日出勤をしなくて済んだのが幸いと思ってたのに、不満が出るといけないとかで、仕事も無いのに本日出社。

他は振り替え休日。

いやまぁ、もう、なんというか、休もうと思って風邪引いて寝込んだわけでもないのに、『風邪を引くのは体調管理が出来てない証拠だ』と文句を言われましたよ。

もう何も言う気力も無く、ただただ、辞められるものなら早く辞めたい!と、思わされる休日出勤でした。

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ぼんやりと、連休最後の日をすごしています。

窓から差し込む日もだんだんと暗さを増し、やがては赤い夕日が町を赤く染めることでしょう。

まぁ、だからといってどうこうするわけじゃないですがね。

感傷に浸ったところでどうなるでもなく、時の流れは止まる事無し。そしていよいよ明日は仕事始め。

出社したらまず機械の掃除をして急ぎの仕事を優先しつつ、正午からの新年会に間に合うよう翌日の準備をしなければ・・・

と、段取りを考えるものの、実際そのとおりにいくことはめったになく、大抵はなんらかの問題が起きるもの。

新年早々ミスなんて勘弁してくれ!ってのが正直なところですが、まぁ、いえいえ。これが、起きるものなんですよ。

自分自身そうですが、まず無い。と思うとそこでミスが起こります。

油断か慢心か自信過剰か・・・。なのでいつも言い聞かせてるのが、ミスを無くすことは出来ない、しかし、ミスを起こさないように努力することは出来る。という、経験上差はあれど、ミスを出す人というのはこの努力が足りないと思うのです。

何人も仕事を教えてはきましたが、大抵皆同じようなミスを繰り返しています。

単に教え方が悪いんじゃないのか?、といわれればそれまでですが。

発生原因は概ね確認不足。さらに注意力の低下がミスを誘発。

確認不足も注意力の低下も、根底にあるのはミスを出さない、出せないという意志の、覚悟でもいいですが、そういったものが足りないから起こると思っています。

最近はミスを出して責任を問われると『じゃあ辞めます』と、あっさり言う人も。はっきりいって、当人が辞めたところでミスについてなんら問題が解決したわけでもなく、単に責任逃れにしか取れません。

まぁ、その程度で辞めるぐらいなら最初から来るんじゃないよ。と思いますが。

最近は過保護な親が成人した子の為に会社に乗り込む、ということもあります。残業で遅くなった際会社に親から電話がかかってくる、とかも。

親離れできない子供、子離れできない親。どちらも困ったもんです。

甘えと優しさは別物、子はいつまでも親の脛をかじるものではなく、親もまたいつまでもかじらせておいてはいけない。

親には老後の面倒は子供に見てもらおう。という計算があるかもしれません、実際そう答える知人も何人かいましたが。

ただし、子の人生は子供本人の物。ということを忘れないようにしなければ、老後に災いを残すことになるでしょう。

長寿日本人、何らかの病状を抱えず、普通に老いることすら難しくなった現在、寝たきりになろうとも死なせてもらえない医療技術が、時には悲劇をもたらします。

生命の尊厳は本人の為か、他人の為か。議論を避ける日本人には鬼門でしょうか。

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お年玉、貰うほうから渡すほうへ

お年玉。子供時分あまり親戚が訪れない環境のためか、あまり貰った記憶がありません。祖父母からなんて物心ついた時から覚えも無く、せいぜい母親か年上の姉夫婦ぐらいでした。

そう思うと、親戚が多くかつ一人っ子だと結構貰っているような気がしますが、どんなもんですかね。少子化が進む今、お年玉を貰う子どもの平均額は結構な物だと思います。

お年玉。貰うほうの身にしてみれば、新年のほぼ決定している臨時収入。

しかも連休のさなか、購入意欲をそそる情報は新聞折込チラシや、今だとネットでいくらでも入手できるように。当時は漫画やおもちゃ屋直行で大半は使ってしまいましたが。我ながら当時のお年玉に対する感覚はそんなものでしたね。

ありがたく受け取る。ではなく、あたりまえ。としてもらうでは使い方も相応。

賢く預金なんて、よほどしっかりした家庭で躾けられてなければ、出てきませんか。

中には親が預かっとくといって、着服なんてのもあるかもしれません。

逆に子供の為に預かったお年玉預金とか、あるかもしれません。

いずれにせよ、子と親の間に隔たりがあるのは仕方ないかと。実際親の想いを子が理解するには、同じ立場にならないとなかなか、むずかしいでしょう。

いつまでたっても理解できない、中身が成長しない子供もいるようですが。

そんなこんなで、ここ何年かお年玉を甥っ子姪っ子に渡す立場になってますが、無邪気に喜ぶちびっ子を見てると、まぁ、どんな使い方をしてもいいか、と。

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年が明けてはや三日

新年明けましておめでとうございます。

もはや定番のこの言葉、いったいどれだけの人が実感を持って言えるのでしょう?。

そんな場合じゃない。それどころじゃない!。といった方々もいるでしょう。

正月三が日はどの店舗も閉まり、食材や雑貨を買い溜めしておかなければという時代ではなく、平常営業も増えています。

ほんの数十年でこの様変わり。技術の進歩とともに生活様式も変わってきていますが、それに見合った成長を人はしてきているのでしょうか。

かつては想像の産物でしかなかったモノが次々と実用化され、理解できない、したくない事件や事故が起こり、どれだけ時代がたってもかわらず人は死に続けています。

もちろん近代戦争に比べればその数は比べものになりませんが、そういう意味では、世界大戦はもっとも効率良く人を殺した戦争なのでしょう。技術の進歩が戦争による人殺しの効率に比例するというのは悲しいですが。

さて、交通事故死亡者数が最悪だった70年代の三分の一以下だそうです。

年々減少傾向だったようですが、取り締まりや罰則強化の恩恵ならちと情けない話ではありますか。

自主的にではなく、強要されてでは子どもと同レベル。

しかし何キロも引きずり、死亡させた悪質な事件も起きています。

飲酒運転や接触事故などで警察のお世話になるより、当て逃げひき逃げで捕まる方がいいとは・・・。

まぁそこまで考えてなかったかもしれませんが、それはそれで人として問題があるような。

車は高速で走る凶器のようなもの。その自覚を持って運転してくれればいいのですが、慣れてしまうとそうもいかないのが怖いところです。

公共事業で、公道と歩道を段差で区切って欲しいものです。少なくとも時速40キロほどで車が接触しても乗り上げない程度の高さで。横断歩道は陸橋化して、人と車が隣り合わせにならないような状況を作って欲しいですね。

車上の景観とか無視ですが。

車優先の現状に不満がある者としては、これぐらいはして欲しいですがね。

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